富士山

標高707mの360度大パノラマ!!浜石岳

浜石岳からの富士山

梅雨の晴れ間に薩埵峠(さった峠)~浜石岳の縦走登山に行ってきました。

以前から薩埵峠からの富士山を見ておきたくてなかなか実現できておりませんでしたがようやく行くことができました。
そして、薩埵峠だけでは登山として物足りないのでその先の浜石岳にも足を伸ばしました。
そういう意味で当初の目的としては浜石岳はオマケだったのですが、意外といっては失礼ですが(自分が知らなかっただけで)浜石岳とても良かったです。

薩埵峠は現在の静岡市清水区、旧清水市興津と由比町にまたがる峠です。
かつての東海道の宿場 由比宿と興津宿の間に位置し、東海道の峠では西の鈴鹿峠・東の箱根峠と並ぶ難所といわれた峠です。

駿河湾に面した斜面の眼下には東名高速道路・国道一号・東海道線が走り、以前、徒歩や自転車ではこの海岸沿いは通行できませんでしたが、由比-興津間で太平洋自転車道が開通したことで通れるようになりました。

そして薩埵峠といえば歌川広重の浮世絵 東海道五十三次 由比宿の「薩埵嶺」が良く知られています。

富士山と駿河湾の景色を描いた絶景

さった峠
Yui on the Tokaido, ukiyo-e prints by Hiroshige パブリック・ドメイン

私ものこの絵が見たくて今回薩埵峠に足を運びました。

薩埵峠
残念ながら大部分が雲に覆われて、山頂付近しか見えませんでしたが、広重の浮世絵にあるような雪に覆われた時期に再訪したいと思います。

また万葉集などにも収められ、百人一首にも選定されている和歌。

田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける
山部 赤人

この歌の舞台もこの薩埵峠といわれています。
現在の田子の浦は静岡県富士市の港を指しますが、古来の田子の浦は薩埵峠の麓から倉澤・由比・蒲原あたりまでの海岸を指していたようです。

富士山を学ぶ:古典文学気高く美しい富士山は古来より私たち日本人に親しまれ多くの芸術作品の題材となり、和歌や俳句、物語などの文学作品や曼荼羅図や浮世絵、日本画などの絵画と多くの作品が残されています。その芸術作品より「富士山の文学 古典文学」について学んでいきます。...

その他、浜石岳を含めたこの周辺はかつて合戦の舞台にもなり、南北朝時代に室町幕府初代将軍足利尊氏と弟の足利直義が一戦を交えた場でもあり、戦国時代の1568年には甲斐の武田信玄と駿河の今川氏真・相模の北条氏政が対峙しています。

そして浜石岳
標高707m。薩埵峠より北に位置し「静岡の百山」また「花の百名山」に選出されています。このあたりの地層は浜石岳層群といわれ南部フォッサマグナの南西部に位置し鮮新世の頃ののものとされています。

「フォッサマグナ」本州中央部の火山が南北に並んで本州を横断している細長い地帯。東西に長く伸びる日本列島はこのフォッサマグナ地域を境にして、地質的に分断されています。
「鮮新世」約500万年前から約258万年前までの期間。

山麓付近はミカンなどの多くの果樹園があり運搬用のレールを登山中に多数目にしました。花の百名山としてはヤマユリが良く知られています。

これはササユリですかね。

ササユリ

浜石岳の名の由来は、山頂に円礫(浜石)があるためのようです。
「円礫」角がない丸まった礫、河川や海岸で見られる小さな石。

浜石岳

この浜石岳山頂からの眺望が絶景で、駿河湾はもちろん伊豆半島や三保の松原、山間部に目をやると富士山・南アルプスの山々が一望できます。
今回、南アルプスは雲がかかっており望めませんでしたがそれ以外はすべて見ることができ、富士山も薩埵峠で見た時より雲が晴れておりよく見えました。
山頂は広くきれいに整備されています。

浜石岳山頂

そして今回のルート
興津側の薩埵峠入口をスタートし薩埵峠通過、果樹園が点在する車道を歩き登山道へ。しばらく急登が続きます、海に面していることもあり湿度が高く直射日光も当たるためかなり体力が奪われました。この最初の1時間くらいが一番きつかったですね。
その後、山に入っていくにつれ湿度も低くなり、ヒノキや杉の針葉樹林帯では下草もなく日光も遮られ快適に進めます。登山道もよく整備されていました。
出発から3時間ほどで山頂へ到着。下山は由比駅へ下るルートを選択。由比駅まで8割はアスファルト道を通るという残念なルートでした。2時間弱で由比駅に到着。歩行距離13.3kmでした。

ABOUT ME
インタープリター竹沢
静岡県裾野市在住。 人と自然をつなぐインタープリターでありたい。 富士山エコネット認定 エコツアーガイド 日本山岳ガイド協会認定 登山ガイドステージⅡ