お勉強

富士山を学ぶ:古典文学

今日も富士山について学んでいきます。

前回まで富士山が世界遺産に選ばれた理由の一つである「富士山の信仰」について学んできました。

富士山を学ぶ:浅間神社富士山の信仰について学んでいきます。 今回は富士講とも深く関係する「浅間神社」(せんげんじんじゃ)について学んでいきます。浅間神社は噴火する山をつかさどる神、浅間大神(あさまのおおかみ)を祀る神社として、山の噴火、主に富士山の噴火を鎮めるために建立された神社といわれています。...

そして今回は「芸術の源泉」としての富士山について。
気高く美しい富士山は古来より私たち日本人に親しまれ多くの芸術作品の題材となり、和歌や俳句、物語などの文学作品や曼荼羅図や浮世絵、日本画などの絵画と多くの作品が残されています。

その芸術作品より「富士山の文学 古典文学」について学んでいきます。

万葉集
日本最古の歌集である万葉集にも富士山は詠まれています。
万葉集は8世紀後半、大友家持により編纂された全20巻、4500首におよぶ和歌集です。
天皇・貴族から庶民に至るまで様々な階級の人々の歌が収められており、富士山を読んだ歌は11種。

とくに有名なのは山部赤人の和歌です。

長歌(和歌の一種。五七、五七を繰り返し、最後に更に七音を加えた形のもの。)

天地(あめつち)の 別れし時ゆ 神(かむ)さびて 高く貴き 駿河(するが)なる 富士の高嶺を 天の原 振り放(さ)け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 
白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の高嶺は

「天地が分かれた時代より神々しく高く貴い駿河の国の富士の高嶺を、広々とした大空に向かって遠くから眺めると太陽の光も月の光もその影に隠れ、雲も行く手をさえぎられ、雪はひたすら降り続く。この富士の高嶺をいつまでも語り継いで行こうと思うのです。」

反歌(長歌のあとにそえる短歌。長歌の要約など)
 田子の浦ゆ うち出でて見れば ま白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける

「田子の浦に行きつき景色を眺めると、真っ白な雪が降り積もった富士の高嶺が見えたのです。」
万葉集 第三巻 雑歌より 

この反歌は形を変えて「新古今和歌集」「小倉百人一首」にも収められています。

田子の浦に うち出でてみれば 白砂の 富士の高嶺に 雪は降りつつ

新古今和歌集 第六巻 冬歌より

富士山を詠む万葉集には作者不明の作品もが多いですが、山部赤人以外で名がわかる作者は高橋虫麻呂がおり、以下の歌を詠んでいます、

長歌

なまよみの 甲斐(かひ)の国 うち寄する 駿河(するが)の国と こちごちの 国のみ中ゆ 出で立てる 富士の高嶺は 天雲(あまくも)も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上らず 燃ゆる火を 雪もち消ち 降る雪を 火もち消ちつつ 言ひも得ず 名付けも知らず くすしくも います神かも せの海と 名付けてあるも その山の つつめる海ぞ 富士川と 人の渡るも その山の 水のたぎちぞ 日の本の 大和の国の 鎮めとも います神かも 宝とも なれる山かも 駿河なる 富士の高嶺は 見れど飽かぬかも

「甲斐の国と駿河の国の間ににそびえたつ富士の高嶺は、雲も行く手をさえぎられ、鳥も超えることができず、噴火により燃えさかる炎は積もる雪や降る雪も溶かすほどで、言葉では言い尽くせないほどの神々しさがあります。せの海と呼ばれる巨大な湖もその富士が抱き、渡ってきた富士川の水も富士の水です。この駿河の国の富士の高嶺は、神とも宝ともいえる日本一の山であり、いつまで見ても飽きることのない山なのです。」

反歌
富士の嶺に 降り置く雪は 六月(みなづき)の 十五日(もち)に消ぬれば その夜降りけり

「富士の山に降る雪は6月15日に見えなくなるもその夜に再び降り始めます。」

富士の嶺を 高み畏(かしこ)み 天雲も い行きはばかり たなびくものを

「富士の山はとても高く恐れ多い、天上の雲すらも行く手を阻まれ、たなびいているほどです。」

その他六首の富士山を詠む歌はすべて作者不明で、すべて恋の歌になります。

古今和歌集
905年、醍醐天皇の命により、紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑らによって編纂された和歌集。全20巻で、1111首が詠まれています。
古今和歌集において富士山を詠んだものは五首、いずれも火山としての富士山が詠まれています。

人知れぬ 思ひをつねに するがなる 富士の山こそ わが身なりけり

「ひそかに思う私の恋心は、駿河の国の燃えさかる富士の山と同じくらい熱い思いなのです。」

君といえば 見まれ見ずまれ 富士の嶺の めづらしげなく 燃ゆるわが恋

「あなたのことになると逢っていても逢っていなくても、わたしの心は富士の山がいつも燃えているのと同じように燃えてしまうのです。」

以上のとおり、古今和歌集では、火山としての富士山と恋心を重ね合わせた歌が詠まれており、この当時の富士山が度々噴火していたことが伺えます。

ただその序文おいて紀貫之が 富士の煙によそへて人をこひ 「今は富士の山も煙が立たず」と述べている通り10世紀初頭は小康状態であったと考えられます。

伊勢物語
平安時代に成立した日本の歌物語。全1巻。編者不明。
和歌とそれらにそえられた文章からなり現存する日本最古の歌物語。全125段。

ある人物の元服から死に至るまでの一代記が、恋愛や親子愛、主従愛・友情など人間関係が描かれた一代記で、主人公は古今和歌集六歌仙の一人である在原業平と言われてます。

この伊勢物語においては主人公が富士山をみて驚く場面が描かれています。

行き行きて駿河の国に至りぬ。宇津の山に至りて、わが入らむとする道はいと暗う細きに、
蔦かへでは茂り、もの心細く、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者あひたり。
「かかる道は、いかでかいまする」といふを見れば、見し人なりけり。
京に、その人の御もとにとて、文かきてつく。

 駿河なる 宇津の山のべ うつつにも 夢にも人に あはぬなりけり

富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白うふれり。

 時しらぬ 山は富士の嶺 いつとてか 鹿子まだらに 雪のふるらむ

その山は、ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ねあげたらむほどして、なりは塩尻のやうになむありける。

第九段「東下り」より

京より東下りをする主人公が、三河の国を経て武蔵の国へと東海道を下る道すがらでの話。
富士山をみて驚いた場所 宇津の山とは現在の静岡県静岡市駿河区宇津ノ谷と藤枝市岡部町岡部坂下の境にある宇津ノ谷峠と言われています。またこの伊勢物語の描写から見る富士山には噴火の様子は描かれていません。

以上、白煙を上げ噴火をする富士山、雪で白く降り積もった富士山、圧倒的な存在感を誇る富士山と、この時代の人々が詠んだり描いたりした文学から当時の様子をうかがい知ることができます。

参考資料

ABOUT ME
インタープリター竹沢
静岡県裾野市在住。 人と自然をつなぐインタープリターでありたい。 富士山エコネット認定 エコツアーガイド 日本山岳ガイド協会認定 登山ガイドステージⅡ