植物にとって富士山は過酷な山になります。
植物が富士山を征服し森林に覆われた山に変化させるのは容易なことではありません。
現在の富士山はおよそ2400m付近まで森林に覆われ、それより以上は森林限界となり、溶岩や砂礫の大地が広っています。研究者によると富士山における森林限界の理論値は2930mといわれており、まだまだ征服の余地はあります。ただそこまで辿りつくにはさまざまな障害を乗り越え無ければなりません。
その富士山に生きる植物にとっての障害にはどのようなものがあるか?を学んでいきます。
まず鍵になるのは種子です。種子のたどりついた場所が生息条件にかなっているかどうかが重要となります。例えば山小屋周辺では人々がふもとより偶然運んできた種子が生育し多様な植物群が定着しやすくなります。ただ、高度が増し環境条件が厳しくなると定着できない種子も増えていきます。
環境条件が厳しくなる要因としては温度条件があります。温度は、標高が高くなるごとにおよそ0.6度が低下していきますが富士山ではその温度条件にかなう森林限界値の領域が2930m付近とされています。現在、富士山西側の斜面ではその限界値に近い2800m付近まで森林に覆われています。
しかし、そのほかの斜面では別の要因も重なり森林限界が1500mにすら到達していない場所もあります。
この要因として最も大きいのは富士山の火山活動です。
富士山ではおよそ1万年前から江戸時代に至るまで大小さまざまな規模・場所で噴火が起こり植物の定着を妨げてきました。
山頂噴火が収束した2300年前以降は、山腹で割れ目噴火があちこちで起こるようになりますが西斜面はその影響を受けず植物たちは、順調に山登りをし高度を稼いできました。
それとは逆に富士山の最も新しい火山活動である宝永の大噴火の影響が残る南東斜面では、現在も砂礫の移動による撹乱が顕著であるため森林限界は極端に低く押し下げられています。
そのほか植物の定着には積雪も影響しています。富士山の積雪は南岸低気圧によってもたらされるため、2月に入り積雪が増え、4月の後半にピークを迎えます。そして気温が上昇して雨が降るようになると、地表の砂礫と雪が交ざった雪代と呼ばれるスラッシュ雪崩が発生するようになります。
この雪代の破壊力は凄まじく、かつては麓の集落でもたびたび甚大な被害を及ぼし、森においても草本類はもちろん大木などもなぎ倒すほどで、せっかく征服しかけた森林が無残な姿を晒している様子を登山道からも見かけます。
また風による影響も植物の山登りを妨げています。山頂付近では最大風速50mを超えることも珍しくなく、斜面を吹き荒ぶ風は砂礫をも吹き飛ばします。この風により種子は定着できず、また発芽したとしても強風に曝されることでまともな生育形を保つことができなくなります。
カラマツなどの幼樹も旗竿樹形(風衝樹形)と呼ばれる風の影響を受けた不安定な形での生息形となっています。これは、強風に伴う砂礫や雪氷の衝突による物理的障害や土壌凍結時の強風の影響により引き起こされる通水障害などにより幹や枝が枯死するためです。
ただ、それら矮小化した木々らが強風を和らげる防波堤ならぬ防風堤となり他の種の生育を助けています。
このように富士山の砂礫地は過酷な環境ですが植物らはそれに挑み山頂を目指しています。噴火・気温・風・雪などさまざまな障害があってもめげずに登り続ける。私たち人間と同じく植物も登山をしているのです。
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