お勉強

富士山を学ぶ#1

どうも!
タケザワです。
富士山を学ぶシリーズようやく#1です。笑

過去の富士山を学ぶは、#0 #0-2 です。是非ご覧下さいませ。
では、さっそく本編いきます。

今回は#1「富士山の成り立ち」についてです。
どのようにして今の富士山は誕生したのか?これについて学んでいきます。

例によって教材はこちら↓既に廃盤となった富士山検定公式テキスト

※年代等細かい部分は現在の通説と異なる部分があるかもしれませんが基本はこちらの本を参考文献として進めていきます。ご容赦くださいね。

富士山は、今から50万年前から10万年前の間、ざっくり数10万年前の解釈で良いかもしれませんね。箱根や愛鷹などの山々と同時期の火山活動によって誕生したと言われています。
この時代、当然日本にはヒトは住んでいなかったのはおろか、まだ私たち現生人類、ホモ・サピエンスすら誕生したかしていないかの頃の話です。

この火山活動により安山岩や火山砕屑岩(溶岩以外の噴出物)堆積、やがて火山活動が収束して山体が形成されました。これが今の富士山の元となる、「先小御岳(せんこみたけ)火山」「小御岳(こみたけ)火山」標高2400m程度であったのではといわれています。

ちなみに、先小御岳火山・小御岳火山と2つの火山で記載したのは、2004年以前までは小御岳火山と命名された山体が富士山の元の山と言われていました。それが2004年のボーリング調査により更に年代の古い地層が見つかったことで小御岳火山の前にできた山ということで先小御岳火山が最も古い山体とされています。

ここで注目すべきはその標高です。
現在の富士山の標高は3776m、最初の山体は2400mより低かったということで昔の富士山は現在の富士山より相当小さかったことになります。またこの標高2400mは今の富士山でいうと5合目くらいの高さです。実際、吉田口新5合目の小御岳神社には、小御岳火山の名残と思われる安山岩を確認することが出来ます。

現在の富士山への道程としては、
第一山体:先小御岳火山→第二山体:小御岳火山→??
と拡大?成長??を続けたことになります。
先へ進みます。

そして今から約10万円前、小御岳火山の南斜面(今の富士山の頂上付近)で火山活動が活発化、繰り返しおきた爆発型の噴火により溶岩・火山灰などで小御岳火山が覆われ誕生したのが第3の山体「古富士(こふじ)火山」です。

この時期は氷河時代の真っ只中、マンモスもまだ健在だった頃、日本人はまだいない頃ですかね、噴火によって流れた溶岩と雪や氷河が混ざり合って「小富士泥流」となり現在の富士山の地下水脈になっています。
その標高は2700m以上いや3000mに達していたのでは?とも言われています。

ちなみこの古富士火山で噴出した火山灰が関東に達し「赤土」と呼ばれる関東ローム層の上部を形成したというのはご存じの方もいらっしゃるのではと思います。
私も中学校だかで習った記憶があります。

これで
第一山体:先小御岳火山→第二山体:小御岳火山→第三体:古富士火山→??
最終形態までもう少し!!

そして時は流れ、約1万年前再び富士山は激しい火山活動を始めます。まさに怒れる富士山ですな。この時代は氷河期も終わりを告げた縄文時代。そう我々の先祖もこの日本で暮らし始めている時代です。
この噴火は古富士の爆発的な噴火とは一変、より流動性の高い玄武岩質溶岩を噴出するようになります。大量に流れ出した溶岩は古富士火山を覆い尽くし現在の富士山「新富士(しんふじ)火山」を誕生させることになります。
※古富士は覆い尽くされずツインピークだったのが何らかの原因で山体崩壊し消失したという話もあります。

いずれにしてもやっと現在の富士山が無事に誕生しました!!!
最終形態「新富士火山」フリーザと同じ回数で最終形態となりました。
よかった(*^_^*)よかった(*^_^*)パチパチパチパチ

そして新富士となっても怒れる富士山は噴火を繰り返し、50km以上離れた静岡県三島市や山梨県大月市に溶岩がおよんだり、青木ヶ原樹海や宝永火口を誕生させる要因となった大きな噴火を繰り返します。
そして最後の噴火がその宝永の大噴火、1707年(宝永4年)それ以後300年富士山は噴火をしておりません。(ただ、今も活動期)

というわけで、富士山は3つの山体を土台に拡大・成長することで日本一の山となりました。
めでたし めでたし




ABOUT ME
インタープリター竹沢
静岡県裾野市在住。 人と自然をつなぐインタープリターでありたい。 富士山エコネット認定 エコツアーガイド 日本山岳ガイド協会認定 登山ガイドステージⅡ