本人の心に深く根ざし、その雄大で優美な姿で私たちを魅了し続ける富士山。その美しい姿を見上げるたび、何か神聖な気持ちになる方も多いのではないでしょうか。
実は、この日本一の山には、一人の美しく、そして力強い女神様の伝説が深く関わっていることをご存知ですか?
その名は、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)。
今回は、富士山を語る上で欠かせない、この女神様の切なくも美しい物語をご紹介します。この話を知れば、あなたの富士山を見る目が少し変わるかもしれません。

木花咲耶姫って、どんな女神様?
まず「コノハナサクヤヒメ」という名前、とても綺麗だと思いませんか?
その名の通り、「木の花が咲き誇るように美しい姫」という意味を持っています。一説には、私たちの愛する**「桜」の語源**になったとも言われるほど、日本の美を象徴する女神様なのです。
神話では、美しさだけでなく、安産や子育て、さらには「火」を司る神様として信仰されています。
「美しい花の女神が、なぜ火の神様?」と不思議に思いますよね。その答えは、彼女の劇的な人生の物語の中に隠されています。
天孫との出会いと、悲しい選択
ある日、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の孫である**瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)**が、天から地上に降りてきました。彼は、麗しいサクヤヒメに一目惚れし、すぐに結婚を申し込みます。
二人の結婚を喜んだサクヤヒメの父・大山津見神(オオヤマツミノカミ)は、姉の**石長比売(イワナガヒメ)**も一緒に嫁がせようとしました。
姉のイワナガヒメは「岩のように永遠の命」をもたらす神。妹のサクヤヒメは「花のように儚い命と繁栄」をもたらす神。父は、ニニギの子孫が永遠に繁栄するようにと、両方の力を持つ姉妹を一緒に嫁がせたのです。
しかし、ニニギは美しいサクヤヒメだけを妻に迎え、容姿の優れなかったイワナガヒメを送り返してしまいます。
これを深く悲しんだイワナガヒメは、「私の代わりに、天孫の命は花のように短く儚いものになるでしょう」と言いました。
これが、人の命が永遠ではなく、桜の花のように美しくも短いものになった起源だと、神話は語っています。もしニニギがイワナガヒメも受け入れていたら…と考えると、少し切なくなりますね。
富士山が「火の山」になった理由 ― 炎の中の出産
サクヤヒメはニニギと結ばれ、一夜にして身ごもります。しかし、あまりの早さにニニギは「それは本当に私の子か?他の神の子ではないか」と疑いの言葉をかけてしまいました。
最愛の人に貞節を疑われたサクヤヒメは、深く傷つき、そして決意します。
「この子がもしあなたの子であるならば、どんな災いにも打ち勝つでしょう。もし違うのなら、滅びてしまうはずです」
そう言って、彼女は出入り口のない産屋を建て、中にこもると外から火を放つのです!
燃え盛る炎の中で、サクヤヒメは火照命(ホデリノミコト)、火須勢理命(ホスセリノミコト)、**火遠理命(ホオリノミコト)**という三人の立派な御子を無事に出産。自らの潔白を見事に証明しました。
この神話から、サクヤヒメは「火」を乗り越え、命を生み出す強い母性の神となりました。そして、いつ噴火するかわからない荒々しい「火の山」である富士山を鎮める力を持つ神として、富士山の神社に祀られるようになったのです。
富士山が時に荒々しく噴火するのは、夫に疑われたサクヤヒメの悲しみや怒りなのかもしれない…そんな風に想像すると、富士山の見え方も少し変わってきませんか?
富士山で木花咲耶姫に会える場所
この伝説を知って富士山を訪れるなら、ぜひサクヤヒメが祀られている神社に足を運んでみてください。登山の安全を祈願するだけでなく、神話の世界をより深く感じることができます。
富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)
全国に約1,300社ある浅間神社の総本宮。ご祭神はもちろん木花咲耶姫です。徳川家康が寄進したという壮麗な社殿は必見。境内には富士山の雪解け水が湧き出る「湧玉池」があり、神聖な空気に満ちています。

北口本宮冨士浅間神社(山梨県富士吉田市)
富士山の吉田口登山道の起点となる神社。日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が訪れたのが始まりとされる歴史ある場所です。樹齢1000年を超える御神木に囲まれた参道は、まるで神話の世界に迷い込んだかのよう。

まとめ
富士山の息をのむような美しさは、ただの自然の造形美だけではありません。そこには、桜のように美しく、炎のように強く、そして母のように優しい女神・木花咲耶姫の物語が重なっています。
次にあなたが富士山を見上げるとき、または登山に挑戦するとき。
ぜひ、この美しき女神の物語を思い出してみてください。きっと、いつもとは違う富士山の力強くも優しい表情が見えてくるはずです。